羊の水海

エッセイ

2020年8月2日

叫んで目が覚めたベッドの中

昨日は凄く眠たくて帰宅するなり爆睡をかまして、気がつけば午前七時ぐらいになっていた。
それでもまだ眠気は僕にしつこくまとわりついてきており、仕方なく二度寝をしたのだけれども、不完全な入眠となってしまって半ば覚醒した状態だった。頭の中で僕の様々な記憶が巡り始めて、あるポイントで止まった。

それは大学に入学する前のことだ。大学に入学する前に、大学に着ていくための服を用意したり、髪も小生意気に染めてパーマなんてかけてみたりしたことを思い出した。それに合わせてその時のこれから始まる未知の新生活に期待を抱いていた気持ちが僕の胸の中に押し寄せてきて、何だか懐かしくなってしまい、夢と現実の狭間で僕は声を出して泣いてしまっていた。

もしかしたら普通に近隣住人に聞こえていて、「おおぉおおぉおおぉおぉっっ!!」という気色の悪い人間アラームで目を覚まさせてしまったかもしれない。それについては申し訳なく思う。

なんだか最近、やっぱり学生の時期というのはかなり特別な時期だったのだなとつくづく思う。

小学校に中学校に高校、大学や専門学校に行く人も多いだろう。実学じゃなくて勉学を教われるのは、研究者や自学習を行っている人を外せばこの時期だけだ。多くのものは社会人になればもう自分の仕事に関係すること以外の勉強をしなくなるだろう。勉強だけでなく、趣味嗜好将来の夢が異なる人間が集まって共同で長い時間を過ごすのもこの時期だけだ。
クラス替えで一喜一憂したり、好きな子と一瞬話せただけで嬉しくなったり、球技大会で汗を流したり、多感な時期ゆえの純粋な感情を心の中に浮かばせることができる。

この、学校に所属している時期を脱してしまうと、代わり映えのしない毎日がただ続いていく。前より金は確かにあるが、体力の衰えや時間の都合で長い期間どこか遠くへ行くこともままならない。所得税や健康保険や年金などのいわゆる「生活」で頭を悩ませたりもする。

たまに会社説明会で大学生からの質問に答える機会があるのだけれど、その時に「残りの大学生活では何をしとけばいいですか?」というような質問を受けたことがある。僕は「就職とか仕事のことは考えないで自分の好きなことをしてください。社会人は学生と比べて自由な時間が少ないので、外国でバックパッカーしたりとかそういうことは難しくなるんで、自分のしたいことをやり残さないようにしてください」というような感じの返答をした。その学生は絶対バックパッカーやらないだろうけど。

実際僕も凄く後悔している。高校生の時とか大学生の時とか、あんなに自由な時間があったのに何故何もやってこなかったのだろうかと。何故大学生の時は他に良い店はたくさんあったのに飲みに行く時は決まって和民にしか行かなかったのだろうかと。人間の未知なものへ出会った時の感動というのは日々薄れていくものであり、多感な時期に様々なことをしておかないと、大人になってからそれらをやっても、意外と何も感じなくなってしまっているのでもったいない。

現在学生の人は、やり残したことがないように青年期を終わらせて欲しい。

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