エッセイ

夢は呪い

 ひさしぶりにある友人と飲みに行こうと思った。僕の仕事も早めに切り上げられそうだし行けるのではないかと。

 もうこの友人とは一年ぐらい顔をあわせていない。飲みの誘いは何度か受けたりしていたけれども、お互いの予定があわずに断念。
 この友人は現実世界では唯一僕が小説を書いていることを知っているし、見てくれてもいる。正式には他の数人にも書いていると伝えているけれども、僕は日頃から嘘ばかりをついてしまっているので、おそらく誰も信じていない。

 そしてこの友人も文章を書いている。正確には、書いていた。
 文芸フリマに同人誌を出したときも、僕は小説、彼はエッセイを書いて売り出した。
 ふたりでサークルの名前を決めて、それそれ文章を書いて、ふたりで表紙等のデザインを作って、ふたりで製本の依頼をして、ふたりで売った。いま思い返すと、僕のすかすかな創作活動のなかではしっかりと行動していた方だし、本を作ったりするのは純粋に楽しかった。

 なので文章や創作に関する話ができるのが彼しかいないのだけれども、最近こんなLINEのメッセージがきた。

「書かなくても生きていけるようになった」

 そのLINEを見て、僕の心のうちにふつふつと悲しみがわいてきた。
 同志だと思っていたのにもう書かないのだなんて。
 僕は彼の文章が好きだったからそれがもう見られなくなるということと、あとなんだか僕がひとり取り残されてしまったような寂しさがある。
 この友人もまだ深くは聞いていないないけれどもきっと生活の方が大切になってきたのかもしれない。恋人もいるし結婚なんかも視野に入れている年頃だろう。

 小学生のころに見た仮面ライダー555でいまでもずっと忘れられないセリフがある。

「俺に言わせればな、夢ってのは呪いと同じなんだ。呪いを解くには、夢を叶えなきゃいけない。でも、途中で挫折した人間はずっと呪われたままなんだ」

 僕は呪われている。そのせいで人生で大事な時間をすべて無駄にしてきたのかもしれない。まわりのひとはもう結婚をして家庭を持ちはじめている。しっかりと社会に根差そうとしている。
 ふと自分は何をしているんだろうなと考えてしまうときがある。
 僕もそのような人生もいいのではないのではないかと執筆をまったくしないで会社で頑張って働いてみたりしたときもあるけれど、どうしても発作のように小説のことを思い出してしまう。
 僕はいつまでたっても自分が何者かわからず小説を書き続けて、でも納得がいかなくて消して、また書いてというのを繰り返している。ただ繰り返している。おそらく夢を叶えるまで僕はずっとこのままなのだろう。叶えないとどこにもいけない気がする。だから僕は書き続ける。僕には才能がないから。才能がない人間が傑作を書くためには生活もすべて犠牲にして書き続けなければならないから。

 結局その友人とはまだ飲みには行ってない。というより誘ってもいない。ニュースを確認すると、コロナの発症者が増えてきて外出自粛の要請が出されていた。善良な市民としては大人しく家にいるしかない。
 コロナのおかげで今年は片手で数えられるぐらいしか飲みにはいけていない。最近ではコロナの話を聞くだけでも不快になっている。上司が毎日「昨日の感染者数はな……」とお知らせしてくるのもうんざりだ。ワクチンができてこの状況を早く打破してくれることを切に願う。

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