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「花束みたいな恋をした」を観たら社会の悲しさを思い出した

花束みたいな恋をした

今年の初めごろ、YouTubeで映画の予告編ばかりを延々と流して暇を潰していたことがあった。そのなかでふと気になる映画を見つけた。男女の恋愛物語で、なんとなくセンチメンタルな雰囲気が出てる。プライムビデオにないだろうかと探したのだけれど見当たらなくて、調べてみるとどうやらまだ公開前の映画らしかった。それがタイトルにもある『花束みたいな恋をした』だった。さすがに男ひとりで菅田将暉と有村架純のW主演ラブストーリー映画を見に行く度胸なんてまったくなかったので、劇場には足を運ばなかった。気がつけばU-NEXTで独占配信がはじまっていたので、せっかくだしレンタルして見てみた。

あらすじはこんな感じ。

あるとき山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)が終電を逃したことをきっかけに偶然知り合う。お互いの趣味が似通っていて、意気投合して付き合うようになり、大学を卒業した後はフリーターをしながら同棲を始めるが、そのうち生活を続けていくために就職活動をすることに。ふたりとも無事就職先が決まり、働き始めるけれども、段々とふたりはすれ違っていくことになる……。

王道中の王道。どストレートなラブストーリーだ。

麦と絹は、少しマイナーな小説や漫画、映画が好きないわゆるサブカル男子ないしは女子で、どのぐらいのサブカル加減かというと、映画を見に行くときは街の片隅にある小さな劇場に運ぶようなタイプで、少なくとも「菅田将暉と有村架純のW主演大ヒットラブストーリー映画」を見に行くようなタイプでは決してない。序盤は「これエモいだろ?」という感じの描写が絶え間なく続いて、少しむず痒かった。ふたりとも白のジャックパーセルを履いて、好きな作家も同じ。同じラジオ番組を聞いたり、物事の考え方もそっくり。ふたりとも同じ芸人のライブにチケットまで買ったのに行けなかったりと、ドッペルゲンガーかってぐらい趣味嗜好行動が似ている。

作家やラジオ番組、漫画のタイトル、芸人の名前、カラオケで歌う曲等、すべて実際に存在するものが使われており、作家でいえば穂村弘や長嶋有、今村夏子、舞城王太郎など。漫画はゴールデンカムイや宝石の国。ふたりが行きそびれたライブは天竺鼠のワンマンライブ。カラオケではきのこ帝国のクロノスタシスをデュエットなんかしちゃっている。この固有名詞の連続ジャブのなかに、自分が通ってきたものがあればその度に恥ずかしくなってしまって、一旦一時停止した後に数回スクワットをして精神を落ち着かせなければ続きを見ることができなかった。そのような感じで正直ちょっときついな……と思いつつ見ていたのだけど、麦が就職したあたりから急にリアル路線になって、面白くなってきた。

大学卒業後は川沿いのマンションで作り物みたいな悠々自適な同棲生活を送っていたふたりであるが、なかなか立ち行かなくなってきて就職をすることになるのだけれど、就職したあとは麦は仕事に追われて、ふたりの共通点だったサブカル趣味にも興味がなくなっていき、死んだ表情を浮かべながら黙々とパズドラをやり続ける悲しき存在になる。仕事をはじめたら単純作業のゲームしかできなくなるというのは、マジでリアル。虚無。エモい感じの空気感から一転して急に現代社会の悲しい闇を突きつけられる。この闇を見ることができただけでも、この映画を見た甲斐があった。

麦は元々未熟な若者だった。就職する前は彼女の父親に「ワンオクとか聴くの?」と聞かれた際に、麦は「あ、聴けます」と返す。「聴きません」でもなく、「聴きます」でもなく、どっちつかずの返事だ。おそらく麦は極々小さな社交性が元々あって、かつ趣味を自分のアイデンティティーとしている人間で、ワンオクは進んで聴くことはないけれど彼女の父親に合わせるために絞り出したのが「聴けます」という曖昧な返答だったのだろう。この短い返答だけでも麦の未熟さ、子供っぽさがよく表されていてよかった。

他にも麦の未熟さを表す場面として押井守を見かけた場面も挙げられる。物語の始まりで、終電を逃した際にヒロインの絹を含めてその場に居合わせた四人で居酒屋に入るのだけど、その居酒屋に押井守がいた。それに気づいた麦がキモい挙動をしはじめて、一緒にいた人に「どうしたの?」って聞かれたら、「あっちに神がいます」とキモい返しをし、続け様に「犬が好きな人ですよ。あと立ち食いそば」と何のヒントにもならないことを言いはじめて、しまいには「映画とか観ないんですか?」などと言い出す。押井守の顔とか好きなものを知らないだけで「映画とか観ないんですか?」は、単純に人を見下してるようにも見える。自分のなかの常識が出会ったばかりのその人たちにも共通していると思い込んでいる視野の狭さがある。

そんなモラトリアム期間の未熟な青年が社会に埋没して大人になっていく姿に何とも言えない切なさを感じてしまう。人生とはなんと儚いものか。就職して社会に出た後の麦なら「ワンオクとか聴くの?」と聞かれたら、実際には聴いていなくても「聴きます!マジでワンオクとか最高っすよね」とかそういう軽い合わせ方をしていたのかもしれない。

思うに、この映画はエモいラブストーリーという皮を被っているけれど、その実態は現代社会の闇を映し出したヒューマンドラマなのだ。狭い世界のなかで自分の趣味を誇りに思って生きていた人間が、社会に出ることでショボい社交性を手に入れる代わりに信じてきた趣味を手放す物語。

社会に出る理由は恋人とこれから先も一緒にいるためだったのだが、かつて持っていた趣味を共通点として一緒になった恋人との未来は……、という形で物語は続いていく。

面白かったので、観たことがない人がいたら、是非。配信はU-NEXTでしか行われていないけど、U-NEXTの月額会員ではなくともレンタルは可能だ。

余談。どうでもいいことかもしれないけれど、最序盤で有村架純演じる絹が「ふざけんなし」と言っていたのが、少し気になった。このような「~なし」という言い回しが流行っていたのは知っているけれど、この言葉遣いをする層って彼らのような趣味を持つ人たちと一致するのか? どちらかというとそういう言葉を言う人に嫌悪感を抱いてそうだ。

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